この水の星アクアでは、まだまだ暑い日が続いていた。
「ただいまー」
「お帰りなさい、今日もお疲れ様でした」
三人が帰ってきたのを出迎えたは、軒先でゆれていた夜光鈴が揺ら揺らと瞬くのに気付いて首を傾げた。
「あれ?」
「ああ、もう一月が経つのね」
アリシアの言葉に、あの夜から、そんなに時間が経っていたということに青年は気付いた。
「ああ、これがお別れの合図ですか…」
長いようで短かった一ヶ月。
生まれて初めて、人からもらった贈り物を彼は片時も離さなかった。
「寂しい?」
アテナの言葉に、青年は少し困ったような微笑みを浮かべる。
「それは、寂しくないと言えば嘘になりますけど…。ひと月、一緒に居てくれてありがとうっていう気持ちの方が強いかな」
しみじみと呟いて夜光鈴に手を伸ばしたの後ろ頭が軽く叩かれた。
「グランマを待たせているんだろ? いくぞ」
「は、はい」
ぐいっと引かれた腕につられて、は晃の後ろに続いて歩き出す。
「それで、今日の夕飯は?」
「今日はボルシチにピロシキです。ということで、今日の紅茶はとっておきですよ」
「ふふん。私は紅茶にはうるさいぞ」
親友の素直じゃない励ましに、アリシアとアテナはこっそりと笑いあった。
「。今日はここに泊まっていきなさい」
夕食の片づけを終えて戻ってきたは、グランマににっこりと微笑まれた。
「……ええっと、いいんですか?」
はグランマの隣にいるアリシアをチラリと見る。
海に突き出したここに泊まれる事はとても嬉しい。嬉しいのだが、なにぶんここに暮らしているのは、女の子だ。
気軽に泊まれる場所ではなかった。
「ええ。私も今日は泊まっていくから。綺麗なものが見られるわよ」
「ぷいにゅ」
笑顔のグランマとアリア社長の言葉に、は小さく首を傾げた。
その夜、は夜光鈴を片手に、ゴンドラの上で感動していた。
「まさか、グランマに漕いでもらえるなんて……」
引退したとはいえ、伝説といわれた彼女の操る舟に乗れるとは。
「あらあら、嬉しいわ。にそんなに誉めてもらえるなんて」
手放しで喜ぶに、グランマは嬉しそうに微笑む。
「でも、今日は突然何かあったんですか?」
「夜光鈴の市は三日間だけだろ?」
晃の言葉に、は頷いた。
だから、早い者勝ちなのだと彼女達が言っていたのを思い出す。
「だから、そろそろ皆が集まってくるの」
アリシアの言葉に岸の方を振り返ったは思わず声をあげた。
「うわぁ」
海沿いに集まった人々の手では、夜光鈴が優しい光を揺らめかせている。
さらに周りを見回せば、ゴンドラが何艘も漕ぎ出していた。
「じゃあ、お別れパーティを始めましょうか」
その幻想的な光景の中で、グランマが用意してくれたお菓子を摘みながら、紅茶を楽しんでいた時だった。
近くのゴンドラに乗っていた人の夜光鈴から光が落ちていく。
ふわりふわりと点滅したかと思ったら、水面へそして海の中へと小さくなりながら消えていった。
そして、彼らの夜光鈴も別れを告げる時が来る。
「今年も駄目だったかー」
手元に残った風鈴の中を覗き込んで、晃は残念そうに呟いた。
「残念だったわね、晃ちゃん」
「何がですか?」
首を傾げるに彼女達は代わる代わる話して聞かせる。
夜光鈴の中に残る小さな欠片の話。
ごくごく稀にしか残らないそれを見てみたい誰もが思っている。
「なるほど。それは是非一度お目にかかってみたいものです」
話を聞き終わって、は頷いて自分の持つ夜光鈴を海の上に持ち上げた。
「でも、グルグルとこの星を廻って戻ってきてくれるかもと思うのもいいと思いませんか?」
さよならを告げる様に瞬いて、海へ還っていく小さな光を見送る。
「いつかまた会いましょう」
まだまだ人々の手から夜光石はこの星へと還っていっている。
「何だか、とても不思議です」
その光景を眺めながら、は笑った。
また、いつか。
そうやって紡いでいく時間の繰り返しが、とても愛おしい―――