全力で神様を呪え。[丗壱]

「食事は終わったのか?」
城壁の上にやってきた二人に、指揮をとっていた華雄が声をかける。
「ああ、華雄は次の交代で行くんだっけ?」
「食事が充実しているとやる気も充実するものだな」
「俺の国にな、『腹が減っては戦は出来ぬ』という名言がある。いい言葉だろ?」
物見用に置いてある望遠鏡を覗き込み、相手の本陣を眺めやる。
「あ、いたいた。あっちも軍議中みたいだぞ」
「それはそうでしょう。あちらも速攻で城を攻め落とさないと、戻ってきた春蘭達に全滅させられるわ」
小さく肩を竦めたは、望遠鏡を華琳に手渡し、黒の弓を構えた。
「まずは牽制」
風を切る音がしたと思ったら、華琳が見ていた先にあった敵本陣の机に黒い矢が突き刺さる。
「……ここから、届くなんて。相変わらず反則ね」
「秋蘭が居たら、俺の出番なんてないだけどなー。でも、これで関羽か星のどちらかは本陣から動けないぞ。劉備と軍師達に危害が及ぶのを考えれば、動く訳にいかないだろうからな。あ、火矢にして、あの地図は燃やしておこう」
「まさか、狙っているの?」
華琳の言葉に、はニヤリと笑うだけでそれ以上答えず、用意してもらった火矢を構えた。

「これで相手は食糧不足、地図なし。負けたら、恥ずかしいわね」
「そうだな。まあ、もう負けはありえないけどな」
手にしていた弓を下ろし、黒髪の青年は王様に笑いかける。
「何故?」
「俺がいるから……と言えたら格好いいが、俺の視界の端に、稟の案内で春蘭に急がされた連中が見えてる」
「また随分と急がせたものね」
華琳もが見ている先へ視線を動かした。彼女の頭の中では、明日の朝早くに到着予定だったのだ。まさか、今日の日が沈む前に間に合ってしまうとは。
「君を助ける為なら、寝る間も惜しむさ。春蘭だけじゃない。皆、華琳が作っているこの国を大好きだからな」
櫓の上から下で働く桂花と風に声を掛ける。
「桂花、風、そろそろ反撃を開始しよう。突撃部隊を用意してくれ。あいつらには誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやろう」
「もう着いたの?早かったわね」
「了解なのですー。恋さんと華雄さんにお願いしておきますねー」
上からの声に二人は壁の上を見上げて答えた。
「あちらの攻撃に合わせるから、勝手に出るなって華雄に釘さしておいて」
「はーい」
手を振る風ともう用はないとばかりに歩き出した桂花を見送り、もう一度城壁の向こう側へ視線を動かす。
すると、稜線を越えて『夏候』『張』『楽』『郭』『許』の旗が見えてくる。
「ドデカイ釣り針が見えていたはずなのに、豪華な餌に目が眩んだ、自分達の愚かさを恨んでもらおうか」
「どうしたの?今回はやけに好戦的ね」
真っ黒な笑みを浮かべる青年に、華琳は少し目を丸くした。
「華琳を失いそうになったのに、容赦する必要なんて認めないね。これでも天の術を出来るだけ使わないように、自制する努力をしているんだぞ?」
本当ならば、竜破斬でもかまして全滅させたいところを、は頑張って自制していた。
華琳が全部を彼任せにしないことは知っているが、民の中に全部面倒な事を彼に押し付ける考えが出ても困るのだ。
「自分に出来ることもしない連中を助ける趣味はないからな」
は後背から現れた敵軍に慌てふためく劉備軍を見下ろして、小さく笑った。

「うっしゃ!間に合うたみたいやな!『曹』の旗も、『千里眼』の黒旗も健在や!」
「急いだ甲斐がありましたね」
城壁で翻る旗に霞と稟は顔を見合わせ頷きあう。
「まったくや。稟もええ道を選んでくれて助かったで!ご苦労さん!」
「当然の事をしたまでです。それに、礼ならこの戦いに勝ってから言ってください」
「なんやつまらん。ま、ええわ。この戦いに勝ったら、一杯おごったる!」
「ふふっ……はい、楽しみにしていますよ」
前に陣を敷いている劉備軍を見て、二人は既に勝利を確信していた。
「ツマミはに用意してもらわんとな」
「異存はありません」

「春蘭様!城の旗は健在ですよ!華琳様たちはご無事です!」
「当たり前だ!我らの華琳様だぞ!その上、あそこには私の弟子がいるのだ。そう簡単に負けるはずがあるまい!」
「はい!」
春蘭の言葉に、季衣は大きく頷く。
「だが、窮地であることには変わりない!急げ急げ!一刻も早く、華琳様を劉備の包囲網からお救いするのだ!」
「ちょっと、春蘭様!そんなに急いだら、みんな疲れてしまいますよー!」
「なら、疲れない程度に全速力だっ!」
「無茶言いなや!」
脳筋の二人の会話に、霞が思わず突っ込んでいた。

「秋蘭様、城から反応がありました。あれは」
「うむ。城側もこちらの動きに同調して、突撃を掛けてくださるのだろう」
城壁の上で赤い煙の狼煙が炊かれるのを見た流琉は秋蘭の側に寄った。
「さすが秋蘭様、全てお分かりなんですね」
「すまん、今のは全て私の勘だ。だが、華琳様の事だ。ご健在である以上、こちらの動きを見れば、全てを理解してくださるさ。それに、あそこには『千里眼』がいるのだ。この好機を見逃すはずがない」
納得する流琉に、秋蘭は苦笑しながらも、自分の予想を告げる。
「そうですね。なら、こちらも……」
「うむ。稟の作戦に従い、連中の背後から一気に叩くぞ!」
「はい!」

「あ、あの上に居るの、隊長みたいなの!おーい!隊長!」
「いや、さすがにこの距離じゃ無理やろ」
城壁の上にポツンと見える黒い点に手を振る沙和に、真桜も城壁へと視線を向ける。
「えー、あの真っ黒な感じは、どう見ても隊長なの」
「あー、確かに師匠かもなぁ。こっからでも存在感がヒシヒシと伝わってくるわ」
「お前ら……。もう少し緊迫感というものをだな」
あまりにも気の抜けたような二人の会話に凪はため息を吐く。
「それにしても、こんなに早う着くなら、先に言うてくれればエエのに。みんないけずやで!」
「遅めに伝えておけと言うのは、秋蘭様と稟様の共通した指示でな」
「もし邪魔が入って遅れたら、士気に関わるってー」
「ああ、なるほどなぁ」
凪と沙和の説明に真桜は頷いた。確かに援軍が来ると聞いていて、来なかった時の絶望感は計り知れないだろう。
「ごめんなのー」
「でも、桂花の指示で探しに行って、すぐあんたらが見つかった時は、メッチャ嬉しかったで!」

「皆、戦闘準備は出来ているな!」
「おう!待ちくたびれたわ!」
春蘭の声に、全員が大きく頷く。
「我等はこのまま一気に突撃を掛け、劉備たちの背後を叩く!霞と秋蘭はその隙を突き、崩れた相手を根こそぎ打ち砕くのだ!」
目の前に見える劉備軍は既に彼女達の姿に気付き、どう対応すべきか戸惑っている様子だ。
「我らが目指すはただ一つ!劉備を打ち払い、我らが主をお救いする事だ!」
秋蘭は後に続く兵に向かって檄を飛ばす。
「はい!」
「わかってます!」
「ならば行くぞ!総員、突撃っ!」
劉備軍の背後へ、雷鳴のような雄叫びと共に、地響きを轟かせて軍勢が突撃を開始した。

こうなっては、劉備軍に為す術はない。元々、曹操軍とは錬度が違いすぎるのだ。
「劉備軍が撤退していく……」
「やれやれ、漸くひと段落だな」
「そうね」
「……はぁ」
全身に入っていた力を抜いたは、弓を置いて城壁に背中を預ける。
「あら、珍しいわね」
「いつもは指示だけ出しているからな。俺が前線で斬り合ったのは初めてだろ」
戦場を駆け抜けたり、敵兵を前にしたことは、これまでにも何度もあった。
が、実際に『殺す』という意識を向けられたり、武器を持って斬り合ったのは、これが生まれて初めてだった。
肉を切り裂くという感覚が手に残っている。
「怖かった?」
「戦っている間は夢中だった。武器を向けられたのも、武器を振るったのもな。だが、今頃になって手が震えてきた」
両手を持ち上げてみれば、細かく手が震えている。
「でも、一番怖かったのは……」
視線を自分の手から、目の間に立つ金の髪を持つ王様に向けた。
「何?」
震える手を動かし、自分の腕の中へ囲い込む。
「な……っ!」
「……間に合わないかと思ったんだぞ」
……?」
「華琳が無事で本当に良かった」
「……今日はありがとう。貴方のお陰で死なずに済んだわ」
いい匂いだなとか、柔らかいなとか、久しぶりの感覚を堪能していた時だった。
「あー!」
戻ってきた桂花と春蘭が揃って声を上げた。
!華琳様に何をしているのだ!」
「何って、俺の寿命を縮めた責任をとってもらってるところ」
腕を外そうとする華琳を、改めて逃げられないよう抱きしめる。
「……くっ」
不利な条件で正面決戦を挑んだ身としては、そう言われてはの腕を振り払う事もできなくなった。
「俺達が先に戻ってなかったら……考えるのも恐ろしい事態になっていたんだぞ。華琳には反省してもらってるところなんだ。ついでに俺に御褒美」
「なんと、羨ましい……」
二人に羨ましそうな視線を向ける春蘭と、人が殺せそうな視線をに向ける桂花に苦笑しながら、秋蘭が華琳に声を掛けた。
「華琳様、お楽しみのところ申し訳ありません」
「何?」
もう諦めたとばかりに、華琳はの腕の中で秋蘭に答える。
「追撃を希望している者がいるのですが」
「誰?」
「霞と季衣と流琉です」
「私も行きます!曹魏へ攻撃を仕掛けた報いを、骨の髄まで教え込んで参ります」
やる気満々の春蘭に、小さく息を吐いて、華琳は秋蘭に指示を出した。
「わかったわ。秋蘭、疲れているところ悪いけれど、着いていってくれるかしら。攻撃は四人に任せて、後方で監督するだけでいいから」
「は。お任せください」
「では、残りの者は城へ戻って、今日はゆっくりと休みましょう」
華琳はそう言って、の腕の中でゆっくりと目を閉じた。

この後、開戦前の舌戦での劉備の言葉を聞いた黒衣の青年が笑顔でどす黒い気配を振りまいたのは、そう遠くない未来の話―――

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後書&コメント

  1. 後編終了ー。お疲れ様でした。
    篭城戦にはもう少し悲壮感を持って戦って欲しいと思うのですよ。希望として。
    寿命を減らした責任は重いのですよw
    責任もってイチャこら(古)して、末永く爆発?してください。
    2・3話はご飯話にしたいです。

    コメント by くろすけ。 — 2013/04/30 @ 11:01

  2. web拍手が消えているorz

    コメント by Hiro — 2013/06/07 @ 20:33

  3. >Hiro様
    すみません。NEWS代わりのTWITTERには書いたんですが。
    WEB拍手にスパムが届くようになってしまって、削除することにしました。
    ログは大切に保管してあるのですが、本当に申し訳ないです。

    コメント by くろすけ。 — 2013/06/07 @ 20:36

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Posted: 2013.04.29 真・恋姫†無双. / PageTOP