「いや、平和っていいなー」
七輪でイカの一夜干しを炙りながら、はしみじみと晴れた空を見上げた。
「何を言っているんです。焼きあがったなら、早く持ってきてください。『まよねーず』と『一味』も忘れずにお願いします」
「ー。この『なめろう』お代わりー」
「手が足りん。とりあえず、これで我慢しろ」
人の工房の前で酒盛りを始めた稟と霞の声に、食べやすく千切ったアタリメと秘蔵していたイカの塩辛を差し出しながら小さくため息を吐く。
壁をぶち抜き、大きな窓を作って料理を出せるよう改造したのは、ここに工房を建てて意外とすぐのことだ。
「酒盛りなら、屋でやってくれ。そして、俺に金を落とせ」
「しゃーないやん。これらは店にないんやから」
今、彼女達の前に広げられているお摘みは、ビバ海産物という料理ばかりだ。
流通を考えても店に出すほどの量はない。
だからこそ、こっそり一人で食べていたのだが。
「やはり、『人の口に戸は立てられぬ』ということだな」
「この場合は、毎日毎日工房からいい匂いをさせていたにも関わらず、華琳様すら呼ばなかったのが問題だと思いますが」
「……そこにあるだけの量を調達するのに、俺がどんだけ頑張ったと思っているんだ」
つまり、自分が堪能する分を確保するのが精一杯で、しばらく他人を呼ぶ余裕すらなかったのだ。
「美味しいものが何より好きな華琳様にとっては、怒り心頭の出来事のようでしたね」
「……ですよねー」
稟の言葉に、青年は思わず遠い目をしていた。
海産物収穫の旅から戻ってきて数日後、笑顔で怒りを湛えた華琳に工房を襲撃されたのは記憶に新しい。
その時、お代わりしようとしていたアサリの炊き込みご飯を、当然のように強奪されたのは既にいい思い出にしてある。
「早速始めているわね」
「やはり首謀者は君か」
春蘭と秋蘭を連れて現れた覇王様の言葉に、バレた日からせっせと【ルーラ】で漁村に通って、素材を買い付けたのは正解だったと自分の『千里眼』に感動である。
「この揚げたすり身も絶品ですね」
「それは『さつまあげ』。出汁で炊いても美味いぞ」
小さな土鍋に取り分けた『おでん』を華琳の前に置きながら、揚げたてを頬張る流琉に笑いかけた。
「……こういう風にすると、春蘭も季衣も野菜を食べてくれるしな」
今日は魚介類中心なのでないが、いつも作る『はんばーぐ』や『がんも』の中にも、限界ギリギリまで野菜が練りこまれていたりする。
「……さすがです、兄様」
「うむ。こういう風にすればよいのだな」
いかに野菜を食べさせるか苦労している流琉と秋蘭は、こくこくと頷きの手腕に感心する。の場合は、残したら罰則という最後の手段が残されているけれど。
「その点、恋は何でも食べてくれるから助かるよ」
「……のご飯、好き」
お酒を呑んでいない恋は、レモン汁で和えた刺身のサラダを幸せそうに頬張っている。
「隊長、何か辛いものが食べたいです」
「今、エビチリチャーハンを作っているから待ってくれ」
彼女が持っている『たらのフリット』が一味で真っ赤になっているのに苦笑いしながら、凪用に調整したチャーハンをあおる。その近くに寄れば、目に沁みるのは言わずもがなである。
「隊長、このたこ焼き、もうないんか?」
「こっちのイカ焼きも美味しいのー」
最早、工房内は戦場だった。作り上げたものは勝手に持っていけとカウンターに出した端から消えていく。
仕事を終えたらしい桂花と風、巡業を終えた三姉妹も顔を出せば、彼一人の手では完全に追いつかない。
「……すまんな、流琉、月、詠。後で、好きなものを何でも作るからな」
城の厨房にも料理を頼んでいるが、工房内もフル稼働だった。
手伝ってくれている三人に、は申し訳なさそうに謝るしかない。
「楽しみにしてます!でも、兄様の料理を見ているだけでも勉強になりますから」
「私もさんのお手伝いが出来て嬉しいですよ」
「月だけ働かせて僕が休むなんて出来る訳ないでしょ」
三者三様の答えに、は柔らかく微笑んだ。
「ああ、後で特別なのもご馳走しよう」
「あら、私には無いのかしら」
「俺の休日を潰しておいて、何を言っているんだ」
工房の中で出来た端から味見をしている華琳に、は一言苦情を訴えたい。
そう、この働きっぷりを見て、彼が今日は休日だったとわかるものなど居ないだろう。
「いいじゃない。功労賞で十日も休みなんだから」
先日の論功行賞で、色々貰ったうちの一つが十日間の休暇だった。
「お陰で、俺の海産物の備蓄は全滅だがな」
倉庫と冷蔵庫の隙間を思い出し、明日からまた買い付けに行こうと心に決める。
経理の人間に少しは使えと言われている貯金を消費する良い機会だと思うことにしよう。
「……まあ、いいか。この面子が、こんな日の高いうちから酒が呑めるって事は、一時的とはいえ平和で、部下も優秀って事だしな」
曹魏の中核を占める幹部が全員集合で、『千里眼』の料理を肴に酒盛りなんて、この国の外で行われている諍いを忘れなくなるような平和な光景で、黒髪の青年は口元に優しい笑みを浮かべた。
「楽天の日々はいつか終わる。でも、この日々がまた手に入れられて、次はもっと長く続けられるようにしないとな」
彼の言葉を華琳は誇らしく感じる。
今日よりも少しでも良い明日を。
彼が強要する事はないが、兵士達もその理念をしっかりと心に刻んでいる。
最近では兵士達だけではなく、民の間にも浸透しつつあった。
目の前の黒髪の青年がどこまで理解しているのかわからないが、彼が彼女とこの国に与える影響はとても大きい。
その為、他の国からの間者が彼を狙っているという報告も、度々上がってきている。
万が一、彼に何かあったら、その相手には首脳部だけでなく、民からの怒りも向けられる事になるだろう。
だが、当の本人は気付いているのかいないのか、この休暇に出かける予定を立てているらしい。
秋蘭が提出された予定表を見て、眉間に皺を寄せていた。そんな彼女も結局はの懇願に負けて外出許可を出したのだが、まるで子供に言い聞かせるように細かな注意をしていたのを思い出し、華琳は笑っていた。
「何を笑ってるんだ?」
「の休暇が終わった後、また新しい料理が食べられるのを楽しみにしているわ」
「……出かける先で新しい食材を手に入れられる事を祈っておいてくれ」
華琳の言葉に、青年は軽く肩を竦める。
「俺としては、早めに西涼を手に入れて、あちらの特産品を手に入れたいんで、王様に頑張ってもらいたいところです」
「あちらの特産は何かしらね?」
「羊や山羊の放牧とか?」
「余り豊かな土地とは言い難いですよ」
華琳の問いかけに月と詠が顔を見合わせて答える。
「新しい視点が入れば、発見があるかもしれないだろ?それに羊が手に入れば、やる事は決まっている」
は手にしていたお玉を握りしめた。
「次は羊肉と山羊の乳製品と毛織物だっ!待ってろ、ラム肉!」
既に西涼に意識の向いているの言葉に、華琳だけではなく、その場に居た全員が彼が笑顔を浮かべていた。
その夜、貴重な海産物の備蓄の代金を、覇王様に身体で払ってもらったとか、もらわないとか。
ご飯会の話でしたー
なんていうか、王様に突撃された時の情景は目を閉じなくても余裕で想像が出来ると思います。
備蓄を食べつくされ、がらんとした冷蔵庫の前で、ちょっと涙目になっている主人公の予想も楽勝です。
瀬戸内出身ですから、海産物を手に入れた反動で間違いなく一週間は、刺身とか海鮮丼とか焼き魚とか三昧の日々。
でも、手に入れた後で、「はっ、普通に空飛んで海で魚釣って帰ればよかったのではっ!?」と気付いて三日ほど凹みそうw
次回は主人公が出かけている間のお城側サイドを書いてみたいです。
コメント by くろすけ。 — 2013/06/16 @ 16:45
酒は飲めないけど、ああいった海産祭りは好きだなぁ。
うちの親父の実家が青森なので、最近は行ってないけど夏に行ったときはイカとかサザエとかをよく食べました。
海産物は大好きです。
コメント by エクシア — 2013/06/16 @ 22:22
>エクシア様
海産物いいですよねー。ちょっと単価が高いのと、一人暮らしだとなかなか手を出しにくいという点を除けば毎日食べたいです。
広島はこれからぴかぴかの小鰯が旨い季節。
あなごめしとか食べたいーw
コメント by くろすけ。 — 2013/06/18 @ 12:53
海産物はすばらしい
内陸県だったので新鮮な釣れたてはあまり食べられなかったけど……
旅行とかで食べた釣れたての魚はおいしかったなあ……
コメント by 瑰琿 — 2013/06/19 @ 17:32
ジンギスカン…喰べてぇ~~!
アレがあれば御飯がアホみたいに食べれますよね?
羊肉も良いですが、皮とかも紙等色々利用できるので是非ともGetして欲しいです!
でも一番は馬騰さん生存で馬超さん蜀ルートから強奪
恥ずかしがり屋な彼女の反応で諒君に更なる癒しを!(笑
コメント by 蒼空 — 2013/06/24 @ 17:38
>瑰琿様
お返事が遅くなりましてすみません。
海産物いいですよね。料理の幅が一気に広がります。
たこ焼きハフハフ食べる恋とかに癒されたいです。
コメント by くろすけ。 — 2013/06/28 @ 18:00
>蒼空様
お返事が遅くなりましてすみません。
ジンギスカンとかタルタルステーキとかチーズとか溜まりませんよね。
旧袁紹領が海産物なら、西涼は畜産物です。
早めにたどり着けるよう頑張ります。
コメント by くろすけ。 — 2013/06/28 @ 18:03